まんまるボス外伝

カテゴリ:東北地方太平洋沖地震及び津波( 44 )

2013年3月10日

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明日は東北地方太平洋沖地震及び津波があったあの2011年3月11日から
2年を迎える

津波で亡くなった両親の三回忌は
先月2月23日(土)に法要を営んだ

法事代わりの昼食会を叔父叔母の応急仮設住宅団地内の
談話室を借りて行った
こじんまりとやったが、それでも温かみのあるいい時間をもらえた
一応、一言あいさつをした
両親が亡くなったことは、実家建物や町並みを失ったことと相まって
喪失感を大きくし、気持ちに区切りを付けることは出来ない
でも、この三回忌をひとつの契機に頑張っていかなければならないと思っている
・・・とまぁ、こんな内容も含め集まったひとたちへの感謝を述べた

明日3月11日は大槌町で追悼式が行われる
今年は県との合同追悼式となるとのこと
また、東京の国立劇場では国主催の追悼式もある

実は、この追悼式には、全くもって個人的な話、
様々な巡り合わせと周囲の配慮が自分に与えられた
このことに深く感謝している

両親に良い供養になると思う
きっと喜んでくれるはずだ

その内容を
ここで語れればいいのだが、それは出来ない
仲間には酒飲みのときにでも話そう
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by bulltats | 2013-03-10 20:47 | 東北地方太平洋沖地震及び津波

生存者

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この本
東北地方太平洋沖地震及び津波に被災し生き延びたひとの話がいくつか書かれてある
ノンフイクションノベルとでもいうのだろうか

ページを開くのもそれなりの気持ちが必要だったし
少し読んで身体にザワザワとする震えのようなものを感じた
読み続けるには勇気が要った

読もうと思った訳
それは自分や仲間の両親だったり親戚、知人の死に関して
なんらかの事実だったり手掛かりが見つかるかもしれないと考えたからだ

読んだけど残念ながら知りたいことは記されていなかった


ただ
あらためてひとつ強く思いを深めたことがある

あの日強い揺れから津波が来るまで
現実の「時間」より体感する「時間」は短かったということ
強い揺れがあって驚愕と恐怖があり動揺しながらの避難
そして避難の必要を意識してからの行動と「安全な場所」への導線は
平時とは全く異なるはずだ
充分な余裕など無かった
余裕を感じたひともいるかもしれないけど
状況によってはそうでないひともいるはずだ
これを読んであらためてそう思ったのだった

逃げる時間があったはずとか
なんで逃げなかったのかとか
「机上」ではそういったようなことをいうひともいるが
逃げたくても逃げれないひともいるし
逃げ場を失ったひともいる
例えば両親はどうだったのだろう
このまま知らないままかもしれない

ただただ
祈るは安らかな眠り

2013年2月11日
大震災津波から1年と11か月目
月命日

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by bulltats | 2013-02-11 11:40 | 東北地方太平洋沖地震及び津波

二年でさんかい

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2011年3月11日から丸2年の2013年3月11日
津波で亡くなった両親は三回忌を迎える

調整の上、三回忌の法要の日程が先日決まった
少し前倒して2月に行う

行方不明の母が見つかり
両親揃っての葬儀から1年半の今
三回忌ということばと時間感覚に
うまく気持ちがついていけてないが
しっかりと実感しなければならないのだろう
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by bulltats | 2013-01-28 12:20 | 東北地方太平洋沖地震及び津波

every month 11日のニュース

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東日本大震災津波の月命日の11日は
毎月、県警や海保による行方不明者の一斉捜索が行われている

その様子が県内のニュースに流れるのだが
いつも見るたびに熱いものがこみ上げてくる
「仕事」とはいえ有難く思うのである

警察官や海上保安官をはじめ関係職員の方々の
「最後のひとりまでご遺族のもとに返したい」といった
高い志と使命感に敬意をもってそのニュースを見ている

先日その一斉捜索によって見つかった遺骨の身元がわかったとのニュースが飛び込んできた
一斉捜索後「初」のこと
陸前高田市の男性のようで震災で行方不明になっていたひとらしい
岩手日報ニュース

地道が仕事が実を結んだことで一県民としてその成果に思いもひとしおである

次は・・・と期待を持ってしまう
期待して共に待つ
一日も早く仲間の親が見つかることを強く祈る
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by bulltats | 2013-01-20 13:45 | 東北地方太平洋沖地震及び津波

1月17日も

 阪神・淡路大震災発生から今日で18年
 
 お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに
 今もなお、辛い状況にある被災者の方々にお見舞いを申し上げます

 阪神・淡路大震災からの復興の経験が
東日本大震災津波からの復興に向かう大きな力になっています
 また、発災直後から関西の方々にさまざまな形でご支援ご協力を頂いております
 
 阪神・淡路大震災から街並みは再生されたと解される一方、住宅問題や経済的にも苦しい立場にいる被災者もおられると聞いております

 これらのことに思いをいたし
 東日本大震災津波により多くのことを失ったけど
 各方面からのご厚情に感謝するとともに
 阪神・淡路大震災も風化させないということを
 あらためてこころに刻みます

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by bulltats | 2013-01-17 12:20 | 東北地方太平洋沖地震及び津波

希望の水仙

2011年
津波の被害で実家建物は完全に流出してしまったが
庭には親が植えた水仙などが芽を出し咲いていた
これも復興への過程の中で消えてしまうと思ったオレと弟は
球根ごと掘ってそれぞれ今住む盛岡へ持ち帰ったのだった

その年は植えたものの
花が落ち
葉は枯れ
そのまま土から姿が見えなくなった

そして2012年
どうなるかと思ったが
このように葉を出してくれた
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写真は2012年4月15日のもの
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花までは見れなかった

んでもいいじゃないかと思ってる
昨年は枯れた
今年は葉が出た
来年は花が見れるかもしれない

今回だめでもきっと次回はうまくいく
世の中失敗が許されない仕事もあるが
それ以外のことであれば
このように思うことが糧となるはずだ

それにしても球根は強し!
地に根を張ること
そして栄養を吸収すること
強くなるだけのことをしてるんだな
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by bulltats | 2012-10-14 16:34 | 東北地方太平洋沖地震及び津波

あれからいちねん

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ちょうど一年


 
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by bulltats | 2012-09-25 23:49 | 東北地方太平洋沖地震及び津波

2012年3月11日その7~最終話~

平成24年3月11日(日)

祖母との面会のあと

叔父から電話が

「昼食を用意してるから、仮設(住宅)に来い!」
とのこと

叔父Kと叔母Tの仮設住宅には、釜石から叔母Aも来ており
いろいろともてなしてくれた
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叔母Aが作った松茸ご飯
父所有の山で採れた松茸を大事に冷凍保存していたとのこと
旬ではないが
この日をいいタイミングと思って作ってくれたらしい
涙もろい叔母Aは、早くも泣いていた


しっかり昼ご飯も頂いて
次の予定は大槌町が主催する合同慰霊祭への参列
犠牲者の名前の読み上げの後、東京の慰霊祭の様子を大きなモニターに映し出し
天皇陛下のお言葉を聞いた
黙祷、弔辞などがあり献花をしてきた

慰霊祭の終了時刻を見計らって叔父Kが会場に迎えに来てくれた

そしてまた仮設住宅へ

従妹Jや従妹Aも来ていた
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叔母Tの後ろでは小学校を卒業し4月から中学生のHが
弟のiPhoneをいじっていた
まだケータイを持っていないがスマホが欲しいらしい
そういえば、コイツは先日「EXILE魂」に映ってたんだよ
メンバーと一緒に楽しそうに踊っていた

この子が二十歳のとき
この街はどうなっているんだろう
復興には彼らの力が必要になる
これからもともに頑張っていく
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by bulltats | 2012-03-23 18:00 | 東北地方太平洋沖地震及び津波

2012年3月11日その6~元気~

平成24年3月11日(日)

墓参りを終え
実家跡地に行って
その後向かったのが
父方祖母がいる施設
祖母の様子を見に行った


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現在97歳
5月には98歳になる
とても元気な様子で安心した

口も達者でオレに
「なんでそんなに顔が大きくなったんだ」
とのたまう
容赦無い発言に
まぁ、これも元気な証拠と一同喜んだ
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by bulltats | 2012-03-22 18:00 | 東北地方太平洋沖地震及び津波

2012年3月11日その5~発見~

平成24年3月11日(日)


弟が実家跡敷地内であるものを発見した


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鉄アレイ
土に埋もれてあった
色と
この青いビニールテープで巻いているのが目印

よくあったなー
家が流されたのになんで・・・

推測するに、
オレが使っていた鉄アレイは家の中で邪魔にされ
庭先に放置されていたのではないだろうか
地面にあって
津波の抵抗を受けずにじっとしていることが出来たのかもしれない

わからんけど
たぶん
そうだ


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実家跡から海のある方角を撮る
ってことでそこを後にする
また、来るよ
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by bulltats | 2012-03-21 18:00 | 東北地方太平洋沖地震及び津波