まんまるボス外伝

カテゴリ:東北地方太平洋沖地震及び津波( 44 )

3月・・・子どもたちが残したもの

従妹たちの避難所に行ったときに見つけたもの
「3月行事予定表」
そこには津波のあとの子どもたちによる「日誌」があった

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(iPhone4)

「予定表」の10日以前のスペースには彼らの目に映った町の様子が描かれている

そして11日以降のスペースには毎日の出来事が

11日・・・『町がほとんど つなみがおしよせてきてなくなった』
12日・・・『おむすびをいただいた みなさんのあたたかみをかんじた』

などなど書かれている

あの子たちは今何を思っているのだろう
あのときのことは忘れたかな

この避難所としても4月が訪れるわけで
3月行事予定は4月行事予定となる
4月になれば消さなければならないので撮らせてもらった

いやなことは記憶から消して忘れるのがいい
でも
この経験を次に時代を創ることに活かして欲しい
そして
オレたちもこのことを風化させないよう努めなければならない


老若協働だね
(オレたちまだ「老」じゃないけどね)
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by bulltats | 2011-12-20 20:00 | 東北地方太平洋沖地震及び津波

もうひとつの実家

母の実家も津波で完全に流出
写真は3月30日iPhoneにて

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両親共稼ぎで小さい頃のオレはここにあったおふくろの実家にいることが多かった
オレの第2の実家のようなものである

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気がつくと今日12月19日は母方祖母の命日でもある
祖母はオレの記憶によると戦争と少なくとも2度の津波を経験している
亡くなったことは今でも寂しいことだけど
その運命により今回の津波を経験せずにすんだ

3月11日からおよそ半年見つけることが出来なかったおふくろの遺骨は
3年前に亡くなったこの祖母と更に数年前に無くなっている祖父が眠る母の実家の菩提寺にあった
祖父母もあちらの世からおふくろを救うことが出来なかったことを
もしかして悔しく思っているかもしれない
でも、なかなか見つけ出せないオレらバカ孫の代わりにずっと同じ寺で守ってくれてたんだよね
おふくろも浄土に向かう前にしばらく親元へ里帰りが出来てよかったのかもしれないよ



この家には井戸があった
スイカやジュース、大人になってからはビールなどを冷やし
楽しいひとときを育んでくれた
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このとおり家も流されたくらいだからその井戸のことを考える余裕もないのだが
あることに気がついた
指差す先から水が湧き出ている
井戸だ

あのときは親父もおふくろも見つかってなかったんで
これを見て希望の湧水と
根拠はないけど自分を元気づけたっけ
この井戸をまた使うことは現段階では困難だが
プール代わりに入って遊んだこの井戸の思い出は忘れない
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by bulltats | 2011-12-19 23:50 | 東北地方太平洋沖地震及び津波

9ヶ月目の11日

今日は12月11日
「あの日」から9ヶ月目
月命日ってやつだ

何度も被災地に向かうクルマの中
4月くらいだっただろうか
弟とこんな話をしたことがある

オレ「いや~、テレビで被災者とか街でオバちゃんとか見てさぁ、おふくろに似てるように見えて
『ありゃ!?おふくろじゃーねーか?』って思うときがあってさ~!ははははは!」

弟「実は、(被災後)すぐに大槌入りしたとき、避難所とか色々周っておっとーとおっかーを探してて
どこにいるんだろーと思ってクルマを走らせてたら
対向車から走ってくるクルマの中にふたりが乗ってたのさ(そのように見えた)
車種も(親父のクルマと)同じだったんで
『なーんだ、ふたりともちゃんと逃げて無事だったんだー!よかったー!』って安心したんだよなー
んで、その後も結局見つかんないんだけどね・・・
ありゃ、なんだったんだべ?」

オレ「なんだそれ!?マンガかドラマじゃねーんだから」

オレ・弟「あははははー!」
オレ・弟「・・・・・」


両親を見つけ出したいという強い思いと
記憶にある両親の顔が重なり交錯して
違うものがそのように見えたのだろう

でも
「きっと最後のお別れに弟に顔を見せに来たんだ」
そうファンタジーに解釈することにしたのだった
それでいいよね


月命日ということで思い出の写真をひとつ

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これは2009年のお盆のときの写真
親父、ジョニー、弟

また親父はジョニーと散歩出来てたらいーだろーなぁ


月命日の今日の晩御飯はカレーだったよ
親父はヨメの作るカレーが大好物だったからね
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by bulltats | 2011-12-11 22:40 | 東北地方太平洋沖地震及び津波

愛媛土産

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先月11月の23日
勤労感謝の日
用事があり故郷大槌町へ

叔父叔母の仮設住宅で一休みしていると
先日愛媛県に修学旅行に行ってきた高2のYがやってきた
そして渡されたお土産

なんかねー
アイツからお土産もらうなんて思ってもみなかったから
とても驚いた
感激でいっぱいになりそうなのを悟られないようにグッと抑えながら
礼を言った

オレにお土産買う金あるんなら少しでも自分のモン買えやいいのにね

なんかうれしい気持ちで
盛岡に帰ってきて
箱を開けて
親父とおふくろの位牌の前にそれを捧げた
そして
『Yが修学旅行のお土産だって!愛媛に行ってきたんだとよ』
と手を合わせた


Yからは愛媛での修学旅行の様子を少しだけ聞いた
とにかくとても楽しかったようだ
愛媛県さんから被災県の高校に対する
ご厚意のおかげで素晴らしい思い出が出来たようである

愛媛県って「愛」が入ってるんだね

ありがとう愛媛
ありがとうY
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by bulltats | 2011-12-04 21:28 | 東北地方太平洋沖地震及び津波

修学旅行

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10月30日(日)久しぶりに被災地へ
叔母の仮設住宅にお邪魔した
別の仮設住宅団地にいる従妹も会いに来てくれた
叔母は疲れが出たのか体調を崩している
・・・叔母に限らず多かれ少なかれみんな体調は良くない
お互い顔は笑い気丈に振舞うけど
内面それほど元気じゃなかったりもする
そりゃそうさ、何も不思議なことではない

そんな中甥っ子Hとはサッカーの練習中で会えなかった
甥っ子Yは修学旅行中だとか!

大震災が原因で一旦は諦めた修学旅行
それが愛媛県さんのご招待で修学旅行が叶ったのだ
関連記事はコチラ↓
岩手日報ニュース
愛媛新聞社オンライン

震災前には当然行けるものと普通に楽しみにしていた修学旅行
震災後は行けなくてしょうがないと諦めた修学旅行
これほどいろんな思いとたくさんの真心が詰まった修学旅行は無いんじゃないだろうか
よかったな「Y」!

愛媛県さん!ありがとうございました!
甥っ子に代わって感謝申し上げます!




(ん!我が母校のほうは行けるのかな)
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by bulltats | 2011-10-31 17:48 | 東北地方太平洋沖地震及び津波

奉花

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早いもので津波で亡くなった両親の葬儀から一ヶ月経った
あの日出来る限り用意した花で送った
弟の職場をはじめたくさんのお花を頂きありがたかった
両親もとても喜んでいることだろう

生前ウチのおふくろは生花を熱心にやっていた
流派は龍生派だったねぇ
おやじは退職後自らチューリップとかいろいろ植えて喜んでたっけ
考えてみると両親は花が好きだったんだな

以前から我が家もヨメさまが結構花や植物を飾ってくれていたが
仏壇だけじゃなく部屋にベランダにこれまで以上に花があったらいいのかなーって思う
冷たく暗いガレキの中に寂しくいたんだからその分花で明るく供養していきたいね
・・・っといってもオレ自信は花を飾ったり手入れしたりってことが出来ないので
ヨメさまにご尽力を賜ろう

そして、その花を写真に撮って残していこうと思う
あっ、これがオレに出来ることだ・・ね
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by bulltats | 2011-10-25 22:40 | 東北地方太平洋沖地震及び津波

一致

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8月の終わり頃にDNA鑑定の結果
先に火葬した父も弟と親子関係に矛盾が無い旨の連絡が県警からあった
これでおふくろと弟、親父と弟、それぞれ親子関係に矛盾がなく
つまり、オレの弟の体はおやじとおふくろから出来ていると
トライアングルで確認出来たかたちとなった

そのほかの特徴も一致することから
ウチの母の可能性がある遺骨は
ウチの母の遺骨であると確定した

「かならず見つけ出してやる!」
そう思って突っ走って来たので
なんかほっとしたような、一方あらためてこみ上げる別な感情もあったりして
なんだかどっと疲れたような気がした

葬儀を前に色々やることがあったが
半年以上待った分、いや待たせた分
『いよいよ、お別れだなぁ』
という思いが強く湧き出てきたのを覚えている

あまり帰省もせず
たまに会えば口論などの親子喧嘩ばかりだったが
子供の頃から大人になってまでの両親に対するイヤな思い出は
不思議とクリアされるものだ

「ガレキが無くなってきれいになった」とはよく聞く話だが
そうだろうか・・・オレはそんな気にはなれない部分がある
片付けて頂いたことは本当にありがたく感謝している
当然、正直にそう思っている
言いたいのは、片付いたことで何もないことが強調されたということ
あらためて、これが現実なのだと
実家跡地を見ると大きな喪失感でいっぱいになる

9月の終わり
葬式の喪主はオレがつとめた
喪主の挨拶は緊張するが
思いを気持ちを出来るだけ伝えたいためペーパーを見ながらの
読み上げはしなかった
そんな挨拶の中でも話したことだが

大槌町内では正午の時報に「ひょっこりひょうたん島」の主題歌が流れる
町内にある「蓬莱島」がひょっこりひょうたん島のモデルになったといわれているからなのだろうか
それにはこんな歌詞がある

♪苦しいこともあるだろさ
悲しいこともあるだろさ
だけどぼくらはくじけない
泣くのはいやだ笑っちゃおう
すすめー♪

これを聞くたびに
これが両親からメッセージにも聞こえ
がんばって前に進まなきゃなぁと思うのだった


葬式は終わったけど
オレたちの3.11は終わっちゃいない
まだまだやることはたくさんある

また、被災地に残っている叔父、叔母、従妹、子供たちへの
支援はまだまだ必要だと思っている
そして、同じく被災地でがんばっているMをはじめ
かあちゃんやとうちゃんが見つかっていない仲間がまだまだいる
あきらめずに必ず見つかることを一緒に祈ってる

津波で多くのことを失ってしまった
でも、そのかわり大切なひとたちとの
「つながり」の深さ大きさが強まったような気がする
たくさん支えられたし
オレもいっぱい支えていかなきゃ

みんな、ありがとう

そして、これからも一緒に乗り越えていこう
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by bulltats | 2011-10-23 22:15 | 東北地方太平洋沖地震及び津波

心気静動

9月の下旬
津波から半年余り
両親そろって葬式を営むことが出来ました
天候にも恵まれた一日でした
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ボスも元気です
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by bulltats | 2011-10-20 00:32 | 東北地方太平洋沖地震及び津波

小休止

弟のDNAの半分が親子関係に矛盾がない遺体があった旨の電話から
2週間以上経過したがその後県警からの連絡はない

いろいろあって気が滅入ることもあり弱音かもしれないが正直疲労も出てきてる

人は様々
「想い」は同様であっても「考え方」に相違を感じることも少なくなかった
「味方」なのか「敵」なのか
オレの想いはオレにしかわからない
救いなのはオレの日常を見ている妻と行動を共にしている弟がいること
ここに感謝しなければ駄目になる


カメラを手にしてみるが
思ったような画が撮れない
集中力が足りねーのかな

それでもボスの写真を楽しみにして下さっている方々もいるので
今日撮った1枚をアップしてみるよ
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by bulltats | 2011-08-28 17:45 | 東北地方太平洋沖地震及び津波

8.11...毎日これを待っていた

2011年8月11日

県警から連絡あり
弟のDNAと親子関係で一致した遺体があったとのこと!

待ちに待った一報に感無量

稀に他人でも一致する場合があるので、オレや親父のDNAとも検証するとのこと
その結果については一週間から1ケ月もしくはそれ以上かかりそう


それでも
それでも
おふくろさがしの大きな一歩となった

まだ確定ではないものの気持ちはおふくろが見つかった感でいっぱいだ

ちょうど5ヶ月目の節目
そしてお盆直前といったタイミング

明日お盆で故郷に向かう

今までとは違った思いで行くことが出来そうだ
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by bulltats | 2011-08-12 19:05 | 東北地方太平洋沖地震及び津波