2012年3月11日その4~残す、伝える~
平成24年3月11日(日)
被災後、なかなかカメラを持って現地に行くことが出来なかったが
弟にこんなことを言われたことがある
「もっと、あの当時(2011年3月以降)写真を撮っててもらうべきだった
撮って残しておいたほうがよかった」
そんなふうなことを考えてたようで
それならばとがんばって(!?)カメラを手にして
ちょうど一年後の故郷を撮ったのだった
自分なりに
心をこめて
魂入れて
シャッターをきった

実家跡
建物はどっかに流され残され
今は人々に「瓦礫」と呼ばれているだろう
残された基礎から菩提寺方面を臨む
基礎から出ている鉄筋が
右へ左へ
オレが高校を卒業してすぐ家を出たので
両親、妹と弟・・・この家で5人で一緒に生活した期間は
11年と5ヶ月程度
新築増改築を繰り返し
築35年くらいか
両親が頑張って建てたけども
津波には勝てなかった
建物も人も
思ったより寿命は儚いのかもしれないね
でも儚いながらも一日は長く
一分一秒様々なことが起こり
それを乗り越えるために頑張る
その繰り返し
亡くなった両親の頑張りは
オレたちの心の中に残されてるから大丈夫だ

父の父つまりオレの祖父が亡くなって
その当時実家に仏壇も置かれた
おそらくこの辺にあったはず
その場所に
花と線香をあげ
両親の好きなコーヒーを供えた
もちろん
ジョンとジョニーが眠る場所にも
花を手向け
線香をたててきたよ
被災後、なかなかカメラを持って現地に行くことが出来なかったが
弟にこんなことを言われたことがある
「もっと、あの当時(2011年3月以降)写真を撮っててもらうべきだった
撮って残しておいたほうがよかった」
そんなふうなことを考えてたようで
それならばとがんばって(!?)カメラを手にして
ちょうど一年後の故郷を撮ったのだった
自分なりに
心をこめて
魂入れて
シャッターをきった

実家跡
建物はどっかに流され残され
今は人々に「瓦礫」と呼ばれているだろう
残された基礎から菩提寺方面を臨む
基礎から出ている鉄筋が
右へ左へ
オレが高校を卒業してすぐ家を出たので
両親、妹と弟・・・この家で5人で一緒に生活した期間は
11年と5ヶ月程度
新築増改築を繰り返し
築35年くらいか
両親が頑張って建てたけども
津波には勝てなかった
建物も人も
思ったより寿命は儚いのかもしれないね
でも儚いながらも一日は長く
一分一秒様々なことが起こり
それを乗り越えるために頑張る
その繰り返し
亡くなった両親の頑張りは
オレたちの心の中に残されてるから大丈夫だ

父の父つまりオレの祖父が亡くなって
その当時実家に仏壇も置かれた
おそらくこの辺にあったはず
その場所に
花と線香をあげ
両親の好きなコーヒーを供えた
もちろん
ジョンとジョニーが眠る場所にも
花を手向け
線香をたててきたよ
by bulltats
| 2012-03-20 12:00
| 東北地方太平洋沖地震及び津波



